尾上松也が主演を務め、ももいろクローバーZの百田夏菜子がヒロインを演じる映画「すくってごらん」が3月12日に全国で公開される。
「すくってごらん」は大谷紀子による同名マンガを実写化した作品。とある失敗で東京本店から左遷されたエリート銀行員の香芝誠が、都会から遠く離れた僻地で金魚すくいやそれを取り巻く人々と出会い、成長していく姿が描かれる。今回映画初主演となる尾上松也が主人公・香芝を演じ、百田夏菜子は彼が左遷初日に運命的に出会い、一目惚れをするミステリアスな美女・生駒吉乃に扮している。劇中では2人をはじめ、柿澤勇人や石田ニコルら“歌えるキャスト”による歌唱シーンが多く登場。百田は映画の撮影のために特訓し、修得したピアノの演奏も披露している。
本作の公開を記念し、音楽ナタリーと映画ナタリーではジャンルを横断した特集を展開する。この記事では真壁幸紀監督へのインタビューと、キャストおよび音楽制作陣のコメントを掲載。ポップスやロック、ヒップホップなどの多彩な劇中歌と和の世界観が融合した「すくってごらん」の魅力、この作品の音楽的側面やミュージカル的側面について掘り下げる。なお、近日公開の映画ナタリーの特集では尾上と百田へのインタビューを掲載予定なので、そちらも楽しみにしていてほしい。
取材・文 / 森朋之 撮影 / 入江達也
真壁幸紀監督インタビュー
映画館じゃないと味わえない音楽、新しいエンタメにトライした
──映画「すくってごらん」の監督を務めるに際して、「映画館という空間でしか成立しない映画」を目指したということですが、具体的にはどんなビジョンがあったのでしょうか?
一番は、映画館のスクリーンの大きさと音響をふんだんに活かすということですね。この映画では楽曲、劇伴、セリフを含めて、音響をしっかり構築してるんですよ。例えば尾上松也さんが演じる香芝誠の心の声が上のほうから聞こえてきたり、水の音が後ろから響いてきたり、音楽を映画館全体にぐるっと回したり。これは映画館じゃないと味わえないんじゃないかなと。
──音響にこだわった映画館も増えてますからね。
今は配信が主流になりつつあるので、映画館で観てもらうためには理由が必要だと思うんです。その1つが“音”じゃないかなと。ハリウッド的な大掛かりな爆破や派手なカーチェイスなどの映像は日本ではなかなか実現できない。そこではなく、“音にお金を払ってもらう”という流れができれば状況も変わってくるんじゃないか、という期待も込めてトライしました。
──なるほど。では、役者の皆さんが感情を歌で表現するミュージカル的な手法を取り入れたのは?
正直言って、邦画でミュージカルを成功させるのは非常にハードルが高いと思っていて。「舞台なら海外の作品を日本人がそのまま演じても違和感がないけど、実写映画は観ていて恥ずかしい」と感じる観客も多いと思うんですよね。向こうのミュージカル映画を真似するのではなく、役者が歌う演出を新しいエンタテインメントとして成立させるにはどうしたらいいだろう?という考えが、この映画のスタートでした。海外のミュージカルのノリは日本人には合わないし、テンションも違うじゃないですか。自分たちのマインドを大事にしながら、恥ずかしさを感じない音楽映画を作りたいなと。
──主演の松也さん、ヒロイン役の百田さんをはじめ、キャスティングでは歌の表現力を重視したんでしょうか?
そうですね。皆さん、ミュージカルの経験があるんですよ。松也さんは「エリザベート」、柿澤さんは「メリー・ポピンズ」、石田ニコルさんは「フラッシュダンス」、矢崎広さんは「ジャージー・ボーイズ」と、めちゃくちゃ有名な作品に出演していて。
──百田さんも、2018年にももクロのミュージカル「ドゥ・ユ・ワナ・ダンス?」を経験していますね。
ええ。そういうキャストの方々を映像の中に登場させて、誰が観ても恥ずかしくない日本的なミュージカル的な作品、僕たちは“新感覚ポップエンターテインメント”と謳っているんですが、そういったものを作れたらなと。そのトライができたことは、非常によかったと思います。しかも松也さんが映画初主演、百田さんは初ヒロインなんですよ。「新しいスタイルの映画を作るんだから、見たことがない組み合わせでやりましょう」と言ってくれた制作陣はかなりロックでしたね(笑)。「すくってごらん」をきっかけに、松也さんのような舞台を中心にしている役者、百田さんのようなアーティストが映画に出るようになれば、邦画のバリエーションも増えていくのではないでしょうか。
百田夏菜子の作品への思いの強さ
──「すくってごらん」での松也さん、百田さんの演技と歌、本当に素晴らしかったです。まず松也さんですが、こんなにいろいろなジャンルの曲を歌える人なんだなと驚きました。
そうなんですよね。お芝居や歌だけでなく、トークもうまいし、もちろん歌舞伎界では若手のホープだし、本物のエンタテイナーが出てきたなと。ドラマ「半沢直樹」で注目されましたが、どんな役もできる方だと思いますよ。松也さん自身には「映画やテレビに出ることがきっかけで、多くの人に歌舞伎を観に来てほしい」という気持ちがあるようですが、それは僕も同じなんです。歌舞伎のファン、ももクロのファン、ミュージカルのファン、音楽ファン、全員に「すくってごらん」を映画館で観てほしいので。
──百田さんに対してはどんな印象を持たれてますか?
百田さんは普段の歌い方とは全然違っていて。レコーディング中、いつもの歌い方が出てしまうと、「今、百田夏菜子で歌っちゃいました」と百田さんが自分で言ってました(笑)。劇中でヒロインの生駒吉乃が弾くピアノの音も、百田さんが実際に演奏したものを使ってるんですよ。事前に「ピアノは弾けません」と聞いていたんですが、それは撮影でどうにでもなるし、彼女の声とお芝居を優先してオファーさせてもらって。でも撮影に入る前までに、しっかり弾けるようになってたんです。百田さんの演奏をそのまま映画で使えたのは自分たちにとっても想定外だったし、それはもう、彼女の作品に対する意気込み、思いの強さだなと。その姿を見て僕らも撮影をがんばれたと思いますし、彼女の演奏のニュアンスをぜひ映画館で味わってほしいです。
──生駒吉乃のピアノは、映画のストーリーの鍵になってますね。
はい。撮影を行ったのは2019年の夏だったんですが、百田さんはピアノが好きになって、そのあとも弾いていてみたいで。2020年の年末の「ももいろ歌合戦」でもピアノを披露していて、さらにうまくなってました(参照:ももクロ「ももいろ歌合戦」で見せつけた“ニッポンの底力”!過去最多出場者と笑顔で新年迎える)。映画がきっかけで、彼女の武器が増えたのもうれしいですね。
MVが並んでいるような映画
──劇中歌についても聞かせてください。吉乃が歌う「誘い(いざない)」、そして、「この世界をうまく泳ぐなら」が映画の軸になっているそうですね。
脚本を作りながら、「ここは芝居、ここは曲」と流れを作っていったんですが、「誘い(いざない)」は映画の舞台になっている街に香芝が入っていく場面の曲で、作品の世界観をつかむ大事な曲になってます。「この世界をうまく泳ぐなら」はクライマックスで使われる曲なので、こちらも作品のキーになっていると思います。脚本を固める前から、この2曲を先行して鈴木大輔さんに作曲をお願いしました。その時点では松也さんが主演を務めることも決まってなかったんですが、たくさん曲を作っていただき、取捨選択しながら「誘い(いざない)」「この世界をうまく泳ぐなら」の2曲にたどり着いて。撮影を始めたときに「ちょっと雰囲気が違う」と思ってアレンジを変えてもらったり、編集の段階で曲に合わせて映像の尺を変更したり、長い期間を経て完成した2曲ですね。
──吉乃が歌う映画の主題歌「赤い幻夜」については?
主題歌を百田さんに歌ってもらうことは、早い段階から決めてました。歌詞についてはあまりシチュエーションを限定したくなかったので、映画の世界観と、吉乃の気持ちをちょっと乗せたくらいですね。聴いてくれた人がいろいろと想像して、それぞれの映画の答えを持って帰れるような楽曲にしたくて。
──なるほど。劇中歌はポップス、ロックからヒップホップまでジャンルの幅も広いですよね。
大前提として飽きさせないようにしたいとは思っていましたが、そこまでバラエティ豊かにしようとは考えてなかった気がします。キャッチーであること、口ずさめるようなメロディにすることを軸としながら、心情やシーンに合った楽曲を作っていったというか。
──確かにすごくキャッチーですよね、どの曲も。映画と切り離して聴いても、しっかりポップスとして成り立っている曲が多いなと感じました。
いわゆるミュージカル曲のような、セリフが入った曲は少ないですからね。映画の構成もミュージカル的ではなく、どちらかというとミュージックビデオが並んでいるような感じに近いと思います。ただ、そこで1つ気を付けていたことがあって。MV的に撮ると、どうしてもカッコいいアングル、カッコいい画を優先したくなるんですが、今回はあくまでも映画的なアングルやライティングにしたかったんです。撮影の柴崎幸三さんは「永遠の0」や「ALWAYS 三丁目の夕日」を撮った大ベテランですし。一方、美術に関してはMVや広告なども手がけている方にお願いして、バランスを取りました。
百田さん、今もまだ嫌いですか?
──伝統的な手法と現代的なポップセンスのバランスも、この映画の魅力だと思います。ちなみに真壁監督ご自身も、音楽ファンなんですよね?
そうですね。いま36歳なんですが、CDがすごく売れていて、邦楽が盛り上がっている時期が青春時代だったんですよ。スピッツ、ミスチル(Mr.Children)が小学生の頃に出てきて、彼らの代表曲がその頃の思い出と重なっていて。高校生のときに、始まって間もない頃の「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」に行ったんですが、その後フェスというものがどんどん規模が大きくなっていくところも体験してるんです。
──確かにいい時代でしたね。
マニアじゃなくても、音楽に触れる機会がたくさんあったと思うんですよ、当時は。ヒットチャートを見るのが楽しかったし、好きなCDを買う楽しみもあって。BUMP OF CHICKENやASIAN KUNG-FU GENERATION、ELLERGARDEN、RADWIMPSも好きだったし、そういうバンドはいまだにフェスでトリをやってるじゃないですか。彼らの音楽を10代の頃から聴けたのはラッキーでしたね。
──「すくってごらん」にも、00年代前半あたりの邦楽の雰囲気が感じられますね。
そうかもしれないですね。この映画の楽曲は主題歌を入れると16曲あって、ちょうどCD1枚分くらいなんです。盤で聴いてもらえたらいいなと思うし、この映画をきっかけに、邦画にももっといろいろな音楽映画が出てくることを期待しています。
──最後に、松也さん、百田さんに今だから言えること、今だから聞きたいことを教えてもらえますか?
百田さんに関しては、本当に僕が無茶を言ってたので、どこかのタイミングで僕のことを嫌いになったと思うんですよね(笑)。目を合わせてくれなくなるほど嫌になってた気もするので、「今は大丈夫ですか?」もしくは「今もまだ嫌いですか?」と聞きたいです。松也さんは「初主演映画がこの作品で後悔はない」って言ってくれてるんですけど、「本当のところはどうなんですか?」と(笑)。あと、「次に僕と何かやるなら、どんなことをやりたいですか?」と聞いてみたいです。同じ歳だし、一緒に盛り上げていきたいので。
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キャスト&制作陣コメント
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