いまや中国のEC市場を語るのに欠かせない“網紅(ワンホン)”。近年、日本でも話題になっているため、耳にしたことがある人も多いのではないだろうか。
網紅(ワンホン)とは、いわば“中国版インフルエンサー”のこと。多大な影響力を持っており、その経済効果は日本のインフルエンサーとは比べ物にならないと言われている。
なぜ、網紅はここまで多大な影響力を持つようになったのか? 中国のEC市場はいったいどうなっているのか? 中国のデジタル経済に詳しい専門家に話を聞いた。
網紅は、6億人に影響を与えうる
まずは、網紅の実態について把握しておきたい。
「網(ワン)はインターネット、紅(ホン)は大人気というという意味で、直訳すると“インターネットの人気者”という意味。モデルや芸能人が事務所などに所属し、長い下積みで専門性を磨いてプロになるのに対し、彼らはどちらかというと一般人に近い。1本の動画が話題になるなどして、いきなり有名になった人も多いのです」
そう話すのは、野村総合研究所 上級コンサルタントの李智慧(り ちえ)氏。中国のフィンテックやAIなどの先端企業研究の第一人者としても知られている人物だ。
李氏によれば、網紅はいわゆるYouTuberなどとは大きく異なる特徴を持つという。一番の特徴は、動画配信とEC(eコマース)やナレッジシェアなどを融合させて収益化を図るという、中国デジタル経済が生み出した独自のスタイルだ。
「2017年には、中国の動画配信の市場規模が日本円で約7,251億円、2020年には1.7兆円を超える見込みです。網紅が台頭したのは2016年頃のことです。2019年の網紅EC市場の市場規模(GMV)は、既に2,000億元を超えたとも言われています。
※GMVとは、流通取引総額を指す「Gross Merchandise Volume」の略称。
網紅の収入源は、主にECを通じたアフィリエイトで得られる報酬です。中国のインターネット利用者は現在8.29億人、そのうち普段からネットショッピングを利用している人は6億人にも上ります。そもそも、マーケット自体が桁違いに大きいのです。
人数が多いだけではありません。共働きの家庭が多い中国では、仕事の休憩時間や通勤時間にネットを見て、スマホで買い物を済ませる習慣が当たり前のように根付いている。つまり、利用頻度も高いのです」(李氏)
では、網紅の影響力は、いったいどれほどなのか? 代表的な事例を挙げてもらった。
「中国では2009年から、EC最大手のアリババが毎年11月11日(中国では、“独身の日”とされている)に天猫ダブルイレブンというイベントを実施しています。いまや世界最大級のECイベントとなったこのダブルイレブンにおいて、2019年には外資系の化粧品メーカーや自動車メーカーを含む約10万店舗の出店者が、マーケティングの戦略として網紅を活用しているのです。
2019年のダブルイレブンでは、人気網紅の李佳琦氏がライブ販売をしたところ、たった5分で1万5千個の口紅を売り、さらに、わずか10秒で1万個の洗顔クリームを売ったことで、大きな話題を呼びました」(李氏)
網紅エコシステムの形成
李氏は、“網紅経済”とまで言われるほどの中国EC市場の過熱ぶりについて、「中国の強力なプラットフォーマーが整備したビジネスインフラと、才能ある若い人々のチャレンジ精神が結びついて大きく開花した」と分析する。
「中国で活躍している網紅のうち、90年代生まれが31%、80年代生まれが54%を占めています。このように若い世代が多く、80年代・90年代生まれの網紅のうち77%以上が大卒であるため、ITリテラシーが高いのはもちろん、高学歴であることが網紅の特徴です。
そんな彼らだからこそ、中国のプラットフォーマーが整備したビジネスインフラを駆使し、質の高い動画を制作・配信することができました。
経済効果が上がれば、プラットフォームも機能をさらに拡充されていきます。こうしたエコシステムができあがっていることも、中国で網紅の人気や市場が急成長している理由です。もはや、中国EC市場は網紅を抜きには語れません」(李氏)
「EC」と「ライブ配信」を融合させた“キャッシュレス決済”
では、中国のプラットフォーマーは網紅の盛り上がりを受け、どのようなビジネスインフラを整備してきたのか。
「たとえば、アリババのECサイトであるタオバオ(淘宝)やTmall(天猫)では、動画配信をしながら商品のリンク先を表示してそのまま購買に繋げることができるようになっています。近年ではTikTokをはじめとするさまざまな動画配信アプリなども、同様の機能が備えられています。
こうしたインフラは誰もがオープンに使える上、プラットフォーム上にはすでに多くの人が集まっているため、わざわざ網紅が新たに集客する必要もありません」と李氏は説明する。
中国では当たり前のように普及しているライブ配信とECの融合。それを可能にしている要因の1つが中国の高い“キャッシュレス決済比率”だ。
野村総合研究所の調査によると、中国では2018年時点でキャッシュレス決済比率が60%を突破(日本は20%程度)。いまや世界1位の韓国に次ぐキャッシュレス大国となっている。
「中国の動画配信アプリなどでは、動画を見た視聴者が“いいね”の代わりに、少額決済で簡単にお小遣いをあげることができる仕組みになっています。少額でも数億人単位で報酬をもらうことができれば、大きな収入に繋がるため、網紅の活動意欲が継続されます。
さらに、最近では視聴者の開拓、コンテンツ制作・配信、コラボレーション、デジタル著作権管理、収益化、営業などの業務について、網紅をサポートする専門企業(MCN:マルチチャンネルネットワーク)も多く設立され、サプライチェーン全体で網紅を支えるようになりました。中国では2019年時点で、MCNが6,500社もあると言われており、網紅エコシステムの中で大きな役割を果たしています」(李氏)
日本企業は2020年、網紅を活用するのか
中国でマーケティングを行う際には、必ずや網紅を活用したいところ。しかし、「日本の有名企業が中国で自社の商品を販売するために網紅を活用した事例は、まだ少ないのではないでしょうか」と李氏は言う。
では今後、日本企業や日本のビジネスパーソンが網紅を活用するためにはどうすればよいのか。
「もちろん網紅を使って中国でモノを売るという意味では、あらゆる商品や企業に可能性があるでしょう。モノ以外でも、2020年にはさらに多くの中国人が日本を訪れるはずですから、東京のみならず、中国ではあまり知られていない日本各地の魅力を発信するといったことにも網紅の影響力が活用できるはず。
他にも、日本で配信を行う中国人の若い網紅たちを囲い込むなど、日本の企業が網紅をビジネスに活用する方法はいろいろなものがあると思います」(李氏)
日本企業も活用できそうな最強のインフルエンサー“網紅”。インターネット大国、中国を牽引する彼らの動向に、ぜひ注目しておきたい。
"市場" - Google ニュース
March 09, 2020 at 08:00AM
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