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Sunday, July 19, 2020

絶滅危惧種のウナギが大量に“闇市場”へ。密輸業者と欧州当局との「終わりのない戦い」 - WIRED.jp

それはスペイン北部サンタンデール郊外の倉庫に保管されていた。多くの人でにぎわうビーチの喧騒から遠く離れたごく普通の建物で、当局の目もここまでは届かない。内部は薄暗く、静まり返った空間に電気モーターの単調な動作音と水が流れる音だけが響いている。

観光客を装った運び屋たちは、人目を避けるために少人数でやってくる。倉庫に入ると用意されたスーツケースを受け取り、その足で香港行きの飛行機に乗るために空港へと向かう。

スーツケースの中身は、ダイヤモンドでも麻薬でもない。もっとほっそりした物だが、かなりの価値がある。それはヨーロッパウナギ(学名:Anguilla anguilla)だ。

一大産業となったウナギの密輸

ウナギの密輸は一大産業で、欧州だけで年間最大25億ポンド(約3,400億円)の違法な取引がある。今年2月には、マレーシア生まれの貿易商ギルバート・クーが5,300万ポンド(約71億5,000万円)相当のウナギを密輸したとして、有罪判決を受けた。クーは15〜17年、6.5トンに上るウナギの仔魚(しぎょ:稚魚になる前の発育段階)を未申告で欧州から持ち出したという。

ヨーロッパウナギの仔魚はガラスウナギと呼ばれる。ガラスウナギはスペインで水揚げされたものだが、クーはこれをまず英国に送ってグロスタシャーにある倉庫で保管し、香港に密輸した。仔魚は香港から中国の違法な飼育場へと運ばれ、最終的には東南アジアの国々などで食卓に並んでいた。

ヨーロッパウナギは絶滅危惧種で、10年からは欧州外の地域に持ち出すことが禁じられている。欧州内では食用販売が認められているが、取引は厳格な規制の下でおこなわれる。

クーは裁判で、自分は水産物の売買の仲介をしただけで、こうしたルールは知らなかったと主張した。ところがアル・カポネと同じように、書類のごまかしから足がついた。英国の国家犯罪対策庁(NCA)の調査によって、仔魚の入った容器には常に虚偽の記載があるラベルが貼られていたことが明らかになっている。

17年2月15日、ロンドンのヒースロー空港でNCAの調査官がクーの輸出貨物のひとつを開封したところ、冷凍した魚の下に200kgものガラスウナギが隠されていた。クーは2月23日に香港の空港で飛行機を降りたところを逮捕され、3月6日に2年の禁固刑を言い渡された。

“進化”する密輸手法

この事件を受け、密輸業者たちはこれまで以上に用心するようになった。業界団体Sustainable Eel Group(SEG)会長で、クーの裁判でも専門家として証言したアンドリュー・カーは、「ここ数年で密輸業者と当局の間の駆け引きが緊迫しています」と話す。

密輸業者はかつては、取引が認められている魚に混ぜて仔魚を運び出していた。通関書類に虚偽の情報を記載し、許可証を偽造するのだ。ウナギは小さいうちは品種を見分けることが難しく、ヨーロッパウナギの仔魚を合法に取引できるほかの種類のウナギの仔魚に混ぜると、DNA鑑定でもしない限り両者を区別することはほとんど不可能に近い。

だが、当局が対策をとり始めたことで、密輸業者たちは方法を変えた。ウナギが水揚げされる漁港のそばに建物を借りて準備し、輸送手段も検査されやすい大型コンテナからスーツケースにする。仔魚はペットショップで金魚を購入したときのように、水を入れたプラスティックの袋に詰めて運ばれるようになった。

X線カメラを使った荷物検査では、洋服が入った袋のようにしか見えないので、怪しまれることはない。それに検査スタッフは、こうした手法の密輸について知らない。また、犯罪者たちは密輸総額が50,000ユーロ(約610万円)に満たない場合、捕まっても刑事訴訟に発展することはまれだと理解していた。ウナギの仔魚なら、50,000匹までは罪を逃れられる計算だ。

摘発は「氷山の一角」

しかし、それも過去の話で、現在は取り締まりが厳しくなっている。SEGは欧州刑事警察機構(ユーロポール)と協力して、毎年10月から4月まで続くウナギ漁のシーズン中に集中的な捜査を実施している。今年の摘発件数は108件で、18〜19年の153件からは減ったものの、14〜15年の48件と比べると大きく伸びた。それでもカーによれば、これらは「氷山の一角」にすぎず、香港や中国本土から密輸取引全体を仕切っている大物はひとりも逮捕されていない。

ヨーロッパウナギは養殖に成功していないことから、レストランやスーパーマーケットで売られているものはすべて天然ものだ。毎年、仔魚の最大25パーセントがアジアに密輸されており、ヨーロッパウナギだけでなく生態系全体に破壊的な影響を及ぼしている。

闇取引は漁業生産者や加工業者など、ウナギ産業に携わる人たちの生計をも脅かす。大西洋沿岸部では過去数百年にわたってウナギ漁がおこなわれており、関連産業は伝統として地域の文化に根付いている。カーは「密輸をやめさせなければ、すべて流出してしまいます」と言う。

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密輸業者が使っていた建物を調べるポルトガル警察の職員。PHOTOGRAPH BY SUSTAINABLE EEL GROUP

人類は、はるか昔からウナギを食用にしてきた。ピラミッドの壁画やポンペイのモザイク画、バイユーのタペストリーなどにウナギが描かれているほか、中世の英国では租税の支払いにウナギが使われていた。世界初の土地台帳とされるドゥームズデイ・ブックには、「ハームストン村は初代チェスター伯ヒュー・ダヴランシュにウナギ75,000匹を納めるべし」との記載がある。

謎に満ちたウナギの生態

ただし、ウナギの生態はいまだに謎の部分が多い。一部の種が春に北大西洋のサルガッソ海で産卵していることはわかっているが、卵を産む瞬間が確認されたことはなく、産卵にかかる時間や正確な場所なども不明なままだ。

こうして孵化した仔魚たちは、海流によって欧州大陸の河川にたどり着く。その数は多くても年間13億匹程度とみられており、大半はイベリア半島北岸のビスケー湾にやって来るが、ノルウェーのような北欧でも生息が確認されている。

ヨーロッパウナギの分布を考える上で重要となるのは温度で、水温が6℃より低い場所には寄り付かない。スペインやポルトガルなどの気候が温暖な国の河川では2〜3年で成魚となるが、北欧のように寒冷な地域では成長までもっと時間がかかる。成熟した個体は、繁殖のためにアゾレス諸島の周辺海域を通り、再びサルガッソ海へと向かう旅に出る。

この壮大な旅は20世紀半ばまでは特に問題がなかったが、欧州での湿地の減少や水力発電所の増加、海洋汚染の激化などが深刻な影響をもたらした。個体数は1980年から急速に減り始め、2010年ころには1960年代の水準のわずか1割にまで落ち込んでいる。

こうしてヨーロッパウナギは絶滅危惧種となり、輸出が禁じられた。一方、アジアでは日本を中心にウナギの需要が増えたことで地場産のニホンウナギだけではまかなえなくなり、ヨーロッパウナギの密輸が始まったのだ。

闇取引の莫大な利益

SEGのディレクターのフロリアン・スタインは、「欧州と中国の生産量を比較すると次元がまったく異なります」と語る。スタインは飼育場や企業が公表しているデータに基づき、中国のウナギ生産の実態を解明しようと試みた。

中国本土では香港に近い南東部の省だけで約900カ所の飼育場があり、そのうちいくつかは年間生産量が10,000トンと、1カ所だけで欧州全体の生産量を上回る。また、スタインは中国では業界全体がいくつかの有力な一族によって支配されていると指摘する。

闇取引から得られる利益も莫大だ。SEGの試算によると、スペインやポルトガルでとれたガラスウナギは1kg(3,500匹程度に相当)当たり300ユーロ(約37,000円)程度で取引されるが、欧州外に持ち出すと1,000ユーロ前後(約12万円)の値が付く。そして1年ほどかけて飼育され、アジアのスーパーマーケットの棚に並ぶときには、価格はキロ当たり25,800ユーロ(約314万円)に跳ね上がっている。

SEGのフロリアンは、違法な取引網を断ち切るには「取り締まりを強化するしかありません」と言う。「追跡の手をゆるめれば、密輸業者は新たな方法をみつけて違法行為を続けるでしょう」

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ウナギの密輸に使われるスーツケース。スペインの警察当局が発見した。PHOTOGRAPH BY SUSTAINABLE EEL GROUP

EU主導で展開する捜査網

ユーロポールの環境犯罪部門のトップであるホセ・アルファロは、過去10年にわたりヨーロッパウナギの密輸の摘発にかかわってきた。警察官になったばかりのころはポルトガル最南端のアルガルヴェ地方で密輸業者たちを追いかけていたが、いまではヨーロッパウナギを含む絶滅危惧種の違法取引と戦うための捜査作戦「オペレーション・レイク」を率いている。

アルファロは欧州連合(EU)主導のオペレーション・レイクを「終わりのない戦い」と呼ぶ。16年に始まったこの捜査は、スペイン、ポルトガル、フランス、英国といったウナギの漁業国だけでなく、ウクライナのような域外の国まで協力する超国家的なプロジェクトだ。

密輸業者は悪質さを増しており、西欧だけでなく中欧や東欧地域にも触手を伸ばすようになった。このためユーロポールも対象地域を拡大して対応している。アルファロは「野生動物の闇取引は世界でも最大規模の犯罪のひとつで、これにかかわっている犯罪者たちは頭がいかれています」と言う。

それでもユーロポールの作戦が非常に効果的に機能したことから、密輸業者たちはヨーロッパウナギの不足分をアメリカウナギ(学名:Anguilla rostrata)など別の種類のウナギで補うようになった。アルファロは米国やカナダの当局と協力して対力を越えた違法取引に目を光らせ、犯罪ネットワークの一掃を目指している。

問題はウナギの密輸だけではない

ただ、密輸の規模は大きな問題で、SEGのカーは「ウナギは国境など気にしません」と言う。また警察から税関、司法当局まで多くの組織の連携が必要で、ホセは「欧州では一定の成果を収めていますが、密輸先となるアジアの国々の当局との協力が不可欠です」と言う。「効果的なコミュニケーションができれば、この犯罪を食い止めるまたとない機会を得られるはずです」

密輸の撲滅は生態学的な観点からだけでなく、人道的にも重要な意味をもつ。犯罪者たちはウナギの密輸だけでなく、麻薬取引や人身売買、マネーロンダリングといったことにもかかわっている。特に東南アジアでは、違法・無報告・無規制(IUU)漁業は強制的な違法労働や脱税、詐欺行為の温床となっている。

国際刑事警察機構(ICPO)で組織犯罪などを担当するポール・スタンフィールドは、「漁業関連の犯罪はそれだけが問題なのではありません」と指摘する。ICPOの試算では、絶滅危惧種の動物を含め密輸されている物品のうち、当局が押収できたのはわずか1パーセントにすぎない。さらに、国家主導のテロの衰退や01年の米国同時多発テロによる取り締まりの強化の結果として、テロ組織が活動資金を集めるためにこうした違法な取引にかかわっているという。

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フランクフルト空港で2018年に押収された、ガラスウナギの入ったスーツケースのX線写真。PHOTOGRAPH BY SUSTAINABLE EEL GROUP

企業に求められる取引の透明化

一方で、野生動物の闇取引をなくすための法整備には時間がかかりそうだ。汚職や腐敗は常に大きな障壁で、カーは「密輸にかかわっている犯罪者の一部は強い政治的な権力と影響力をもっています。これを何とかすることは非常に困難です」と言う。

香港では密輸に最大1,000万香港ドル(約1億4,000万円)の罰金と10年の懲役刑が科されるが、そこから得られる巨利と比べれば物の数ではない。世界自然保護基金(WWF)香港のジョヴィー・チャンは、密輸業者に対する刑事罰よりも、消費者に訴えかけるほうが効果的であると考えている。また、企業に流通過程の透明化を求めていくことも重要だ。

チャンはスーパーマーケットに対し、食品表示やサプライヤーの検査をより厳格化するよう呼びかけている。密輸品ではないか調べるために必要なDNA検査の費用はわずか200香港ドル(約2,800円)だが、違法な食品を販売すれば高額な罰金を科される。

チャンの働きかけで大手チェーン「PARKnSHOP(百佳超級市場)」が本社にウナギの検査設備を設けたほか、日系スーパーのイオンは取引が禁じられている動物は扱わないことを徹底する方針を定めている。それでもチャンは、「トレーサビリティーが完璧でなければ、持続可能であっても意味がありません」と指摘する。

欧州の河川に戻ってきたウナギ

最終的に影響力をもつのは消費者自身だ。新型コロナウイルスの感染拡大でヨーロッパウナギを含むさまざまな食品の密輸ができなくなったことから、今年はウナギの季節に品不足が起きることが見込まれる。だが、パンデミックによって野生動物やそれを扱う生鮮食品市場に対する消費者の態度が変わるかどうかは、まだわからない。

香港人の水産物の消費量は1人当たり年間70kgと、世界平均の20kgを大きく上回る。この傾向が一夜にして変化することはないだろうが、スーパーでは豆腐や安価な淡水魚といったウナギに代わる食材の売り上げが伸びているなど、嗜好の変化は見られる。

一方、欧州でもヨーロッパウナギの絶滅を防ぐための創造的な解決策が広まりつつある。例えば、スペインとフランスにまたがるバスク地方はウナギ料理が有名だが、いまでは食卓に上る“ウナギ”の95パーセントが、実は白身魚の加工品になっているという。つまり本物のウナギではないが、本物らしく見せるために目まで描かれている。

そしてヨーロッパウナギの個体数は回復しているようだ。ウナギ漁をおこなう地元の漁師たちは、今年のウナギの群れは過去に見たこともないほど多かったと話している。

SEGのスタインは、「過去数年は密輸業者との戦いにおいて大きな勝利を収めています」と話す。スーツケースで運ばれる仔魚が減ったおかげで、欧州の河川にはウナギが戻ってきているのだ。

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